創立50周年によせて社員からメッセージ


勤続26年 技術部 次長 藤沼 伸幸
私が新協地水に応募したのは、当時(もう26年以上前ですが)のホームページに掲載されていたバーチャル面接がきっかけでした。今思えばどのルートを選んでも当時の谷藤社長が握手を求めてくる「一緒に頑張ろう‼」ENDに到達したのでしょうね。入社した当時から長い間、「同業他社に追い付け・追い越せ」と言われていた気がしますが、いつの間にか追われる立場になったのだなとここ最近は強く感じます。定年まで両手で数えられる年齢となりましたが、これからの新協地水のますますの発展に微力ながら貢献できればと思っております。

勤続34年 技術部 次長 大坪 久人
会社創立50周年おめでとうございます。
私が入社したのは、平成3年度、会社の期で言うと17期となります。ただし、その前から新協地水にアルバイトに来ていたため、実質は15期、平成元年位から新協地水を知っていたと思います。そして、振り返ってみれば、取締役などの役付きの社員を除くと、一番古株の社員となっているようです…長い!入社当時はいわゆるバブル景気、その後の失われた30年、そして東日本大震災を契機とした繁忙、その間、私は、水源井のライナー内での作業、会津支店での勤務、営業部での勤務、技術部での勤務など、いろんな所や部署で仕事をしてきました。以上述べてきたことは、長期間、新協地水という会社が存続したことで、初めて成立することです。今後も、私の生活が成り立つことを願いつつ、さらなる歴史を重ねてほしいと思います。

勤続4年 営業部 課長 門馬 良
思い出に残ったこと
いい思い出ではありませんが、入札で失敗し沢山の方々に迷惑をおかけしましたので、それを教訓とし今後はさらに細心の注意を払って業務に取り組んでいきたいと思います。
これからの新協地水への思い
この業界は今二極化が進んでいます。そんな中50周年を迎えられたというのは先輩方が真摯にお客様と向き合ってきたからだと思います。そんな先輩方の思いを紡いでいき、今よりもっと愛される会社になっていけるよう私自身努力していきたいと思います。

勤続4年 技術部 主任 廣居 雅史
入社してから一番思い出に残っている出来事は、ちょうど4年前の、冬の柳津町の現場のことです。入社して最初の年で、まだ右も左も分からない状況のなか、せっかく20m以上掘り進めたのに途中で先端のツールスが折れて、また一から掘り直したり、寒さで凍ってボーリングマシンが動かなくなったり、送水ポンプが立て続けに動かなくなったり、さまざまなトラブルが発生し、現場の施工管理の大変さを身をもって学ぶことができました。新協地水の良いところは、みなさんがすごく真面目なところだと思います。転職して新協地水に入社したこともあり、前の会社と比較すると一番大きく違うなと感じております。新協地水は鋼管杭だったり、地質調査だったり、目に見えない地面の中が対象となるため、少しごまかそうとすればいくらでもごまかせると思うのですが、目に見えないからこそ、日々、真摯に仕事に向き合ってらっしゃると感じました。その皆さんが真面目に取り組んで来られた結果が、創立50周年につながっているのではないかと思います。私もそんな新協地水の一員として、これからも真摯に仕事に向き合い、100年先も会社が輝いていられるよう微力ながら貢献できればと思います。

勤続28年 工事部 次長 郡司 武律
入社早々エアハンマーの現場へ配置され、直行・直帰で毎日160Kgのボーリングロッドの上げ下げ(20本程)を1日2回程行い、これは何をしているのかと疑問に感じたこともありましたが、ロッド挿入後に噴水のように水しぶきが上がるのを見て、すごい仕事だと感じておりました。1年位たつと、エアハンマー部隊の先輩方が次々に辞めていき、操作する先輩がいなくなってしまったため、若手たちでパーティーを組み、何もわからない状況で、過去の記憶から見様見真似で現場をこなしていたことを思い出します。入社したのがバブル崩壊後だったためか、徐々に給料、賞与カットで苦しかった思い出がありますが、会社の為にやるしかないという思いからがむしゃらに働いていました。いくつもの困難を乗り越えてきた新協地水ですので、今後もさらなる発展が期待され、社員の一員であることを誇りに思い、今後も精進していきたいと思います。
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