1. はじめに

福島県の中央に位置する本宮市は、「へそのまち」として知られ、住みやすいまちとしても高い評価を受けています。東洋経済新報社の「住みよさランキング」では通算13回の県内1位を獲得し、2023〜2025年は3年連続で1位となりました(本宮市政策推進課定住交流係,2025)。今回は、そんな本宮市に湧く「上永作の湧水」と「椀田の清水」を訪ねました。
![91-08-02 図-1 湧水案内図 [地理院地図(電子国土Web)より引用・加筆]](https://www.sinkyo-tisui.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/91-08-02.jpg)
2. 位置について
2つの湧水はいずれも本宮市中心部から北東へ約5kmの場所にあり、互いの距離も約2kmと近いため、同じルートで巡ることができます。
郡山市方面から国道4号を北上すると、県道30号(安達太良ドリームライン)との交差点に着きます。大型商業施設PLANT-5様が目印です。この交差点を右折し、踏切を渡って最初の信号を左折すると、道沿い右手に「上永作の湧水」が現れます。
一方、「椀田の清水」はその信号を直進し、すぐ左手の道に入ると東屋が見えてきます。この東屋は、地域の有志で結成された「和田青年つくし会」が平成14年に整備したもので(阿部,2000)、湧水が地域の人々に大切に守られてきたことが伝わってきます。
駐車場については、椀田の清水には道路の向かい側にありますが、上永作の湧水にはありません。訪れる際は周辺の通行にご注意ください。



3. 湧水の水質について


2つの湧水の水質を比較するため、イオン分析を実施しトリリニアダイヤグラムおよびヘキサダイヤグラムを作成しました(図-2、図-3)。
トリリニアダイヤグラムではどちらの湧水も類型Ⅰに区分されるため、浅層を流動する一般的な地下水であると想定されます。ヘキサダイヤグラムも類似した形を示しますが、椀田の清水のプロファイルの方が面積が広く、イオンの溶存量が多いと考えられます。地中を流動する期間が長いほど溶存するイオン量も増加するため、同じ浅層地下水でも上永作の湧水はより浅く、椀田の清水はやや深い位置を流れているようです。
距離が近くとも湧水の性質がやや異なることは、私たちの社会にもいろいろな個性が存在することと似ているような気がします。


4. 湧水周辺の地質について
湧水周辺部の地質分布図です(図-4)。
調査地周辺部は阿武隈山地の西縁部に位置しており、花崗岩類の分布域に該当します。どちらの湧水も浅部の地下水であると予想されますが、上永作の湧水は沢地形の出口部にあたるため、花崗岩類が風化して土砂状となった「まさ土」中を流動した地下水が湧出しているのではと思われます。
一方、地形図からは椀田の清水が小規模な谷底地形の一部に位置し、標高が緩やかに変化して北側に傾斜する場所にあることが分かります。現地が水田の一画のため、ぱっとみると湧水の存在が不思議な感じのする場所です。
周辺部、特に南側から流動してくる地下水が花崗岩とその風化物であるまさ土との境界付近に集まる場所に湧くのが椀田の清水であり、昔から湧水として利用されてきたのかしらとのイメージが湧く場所です。
![91-08-10 図-4 湧水周辺部の地質分布状況 [5万分の1地質図幅「二本松」(1995)地質調査所 引用・加筆]](https://www.sinkyo-tisui.co.jp/wp-content/uploads/2026/02/91-08-10.png)
5. 「椀田の清水」の椀貸伝説
「椀田の清水」にはいわゆる「椀貸伝説」と言われる伝説があり、その詳細は湧水の隣にある石碑や看板に記載されています。川村(1997)によれば、椀貸伝説にはおおむね以下のような特徴があるといいます
①宴会のための膳椀(家具の場合もある)が足りないときに、それを願う特定の場所がある。
②願い通りの数の膳椀を貸してくれるが、借りた分は必ず全て返さねばならない。
③それを返さなかったり壊したりしてしまうと、賃借関係は途絶える。

ここで石碑に刻まれた「椀田の清水」の伝説を要約すると、以下のようになります。
昔このあたりの家では「おふるまい」をするときに多くの膳椀が必要になり、清水にお願いすると翌朝には水面に椀が浮かんでいた。人々はお椀を常に返していたが、一人の不心得者が返さなかったために、清水の怒りに触れ、一帯は水浸しになってしまった。村人はこの者を戒め、お願いしたところ、洪水は収まったが膳椀は出なくなった。以来、ここを「椀田の清水」と呼ぶようになり、「和田」の地名の発祥とされる。
また、この清水を妊婦に飲ませれば安産できるといわれ、安産の神様八大龍王神が祀られている。
これを上記の椀貸伝説の特徴と照らし合わせると、ほとんどの内容が一致することから、典型的な椀貸伝説と言えそうです。この伝説の背景にある人々の想いを私なりに考えてみると、願えば椀が湧き出るという不思議な出来事が語られるほど、湧水は当時の人々にとって貴重で神秘性を帯びた存在であったこと、そして椀そのものも神に祈るほど大切な生活道具であったことがうかがえます。
椀貸伝説と安産との関連については十分な資料が見つかりませんでしたが、阿部(2000)に「二本松藩士・明珍が妻に清水の水を与えたところ無事に子が生まれたとも伝えられる」とあるように、「椀田の清水」には椀貸伝説と安産祈願の2つの伝承が併存していると考えられます。
椀貸伝説には様々な説や解釈がありますが、ここでは代表的なものをいくつか紹介します。
①交易説(鳥居龍蔵)
椀の貸し借りは、ツングースやアイヌとの無言貿易を象徴しているとする説。
②木地師の宣伝説(柳田国男)
木地師が自分たちの作る椀を売るために伝説を広めたとする説。
③水神・河童説(折口信夫)
伝説の分布が大河川沿いに多いことから、水神信仰の名残とする説。
以上の3つの説と「椀田の清水」の伝説を見比べてみると、みなさんはどれが一番しっくりくるでしょうか。もちろん、これ以外にも「こんな説が考えられるのでは?」という意見もお待ちしています。

6. おわりに
前回の柳津町の「大清水」では弘法大師と湧水にまつわる伝説について紹介しました。今回もそれに引き続き、湧水にまつわる伝説として「椀貸伝説」を紹介しました。湧水は水質だけでなく、地域の歴史や文化を知る手がかりにもなります。こうした“文系的な湧水の楽しみ方”も、みなさんの湧水巡りの1つの視点になれば幸いです。
上永作の湧水には、今のところ特別な伝承は見つかりませんでした。ですが、語られていないだけで、かつては何かしらの出来事や思いがこの場所に結びついていたかもしれません。そう考えると、湧水そのものが秘めている語られない物語に想像を巡らせることも、湧水巡りの楽しさのひとつかもしれません。

【参考文献】
●阿部隆一(2000)「歴春ふくしま文庫87 ふくしまの名水」
歴史春秋出版株式会社p.26,27
●川村清志(1997)
椀貸し伝説再考-近代における伝説の生成と受容-」人文学報第80号
●国土地理院「地理院地図 電子国土WEB」
https://maps.gsi.go.jp/#5/36.104611/140.084556/&base=
std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
(2026.1.6最終閲覧)
●坂口圭一(1995)
二本松地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1地質図幅),地質調査所
●シンクタンクふくしま(2003)
「ふくしま湧水物語」大日本印刷(株)東北事業部p.36,40
●本宮市政策推進課定住交流係(2025.6.16掲載)
「住みよさランキング2025県内第1位!ー本宮市 移住・定住ポータルサイト」
https://www.city.motomiya.lg.jp/site/teijyu/sumiyosa2025.html
(2026.1.5最終閲覧)
*新協地水(株) 技術部
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